本書は松下大三郎博士の「標準漢文法」に準拠した漢文法解説書です。いわゆる句法の解説書ではありません。
●本書は白文読解を目標とします。本書ではレ点なり一二点なりの解説は致しません。白文さえ読めるようになれば、返り点の意味など
何の困難もなくさとれるものなのです。まず白文そのものに当たることが肝心です。荻生徂徠は其の著「訳文筌蹄」の序にて、「不解不可
讀」(解せざれば、読むべからず)と云っております。意味が分からなければ、訓読することはできないのです。訓点付の漢文を読むことは
既に他の人が訳読したものを読んでいるに過ぎません。誠に漢文を学ばんとするならば、訳読の由って来るところを知る必要があります。
然らば、如何にして之を知るか、文法に因りて知るのであります。
●あらかじめ松下文法を学習してある必要はありません。「標準漢文法」を所有していなくても構いませんが、便利のために「標準漢文法」
における該当箇所を明記しました。
●参考に復文の仕方を解説。山本北山の作文志彀と云う書に「随分と倦厭(たいくつ)せず月を累ねて之(復文のこと)を為すべし、大概四
五月も復文に努力すれば倒錯謬用も頗(すこぶ)る知るものなり」と復文の効用を云っております。
・倒錯(とうさく)とは、文字の顛倒のことです。例えば、「其妻問所與飲食者」(其の妻與(とも)に飲食するところの者を問ふ)と復文すべ
きところを、「其妻問與所飲食者」などと配置してしまうことです。仮に「其妻與所飲食者」とすれば、「其の妻飲食するところのものを與(あ
た)ふ」とは読めまして、文法的に間違いというわけではありません。また、「所飲食者」は文法的に飲食する主体ではなく、客体しか表し
えませんので「其の妻飲食するところの者に與ふ」などと読み下し、食事をしている人(飲食する主体)に(何かを)与えるという意味には解
することはできません。飲食している人を表すには「飲食者」とします。明治ごろの翻訳ものには「本を読むところの人」などという言い方もあ
るのですが、これを復文して「所読本之人」とは出来ないということです。読書している主体を表すには、「読本者(本を読む者)」とします。
・謬用は助辞(矣也焉哉乎耶の類)、疑字(見観看視などの類)、故事成語などの使い誤りを言います。助辞については支那人といえども
使い誤ることあるものです。石川鴻斎の「文法詳論」には盧允武の言葉を引いて「諺云之乎者也已焉哉用得来的好秀才」とあります。之
乎者也已焉哉の字を用い得る者は秀才だ、と。支那人においてすら、秀才でなければ使い様を誤るものなのです。(これらは松下文法で
はすべて形式詞に分類されるものです。)
【本書は以下のような方を対象とします。】
・ 従来の文典にあきたらない方
・ 白文読解に文法的根拠がほしい方
・ 返り点や送り仮名附きの漢文ならすでに読めるが、その返り点や送り仮名に納得できない方
【本書の内容】
第一講:松下文法の骨格
:漢文法を学ぶ上で最低限の前提知識をここで学びます。
第二講:品詞の説明
:名詞、動詞などの所謂品詞についての説明です。さらに漢文の本領発揮たる名詞性動詞なるものについて特に説明を費やしました。どうし
て「子来」が「子の如く来る」となり、「器用」が「器のごとく用う」と読み得るのかなどの類です。これを松下文法にのっとって決着をつけます。
第三講:詞と詞との関係の不明瞭なる事
:第二講に続き、品詞の運用の種類を学習します。特に名詞の修用格的用法を中心に学びます。たとえば「手援天下」(手以って天下を
援く)の「手」の文法的性能も、「小人之過也、必文」(小人の過ちや、必ず文る)の「小人之過也」も文法的には同じ構造である所以を解説
します。
第四講:動詞の帰着性について
:日本語と漢文とでは客体関係という、帰着語と客語との関係においてのみ語順が異なりまして、それ以外はすべて日本語と同様なので
ありますが、その客体関係を説明するのに必要である帰着性なる概念を概説します。「於、于、乎」が決して日本語の助辞「を、に、より」
などに当たるものでない理由が分かりましょう。
第五講:復文練習
:訓読した文を再び漢文に戻す作業を通して、連詞の構成過程を説明します。
本書は、もとより小冊子でありますからすべての文法事項を扱ってはおりませんが、漢文読書や学習において生じうる疑問、「ここはこう
読んではだめなのか、訓読には様々な助辞が附いておるがこれはどういうわけでそうなるのか、助辞のない漢文における品詞の運用の
仕方、なぜ漢文は西洋文法と違って文法学習の効果が直ぐでないのか」などのいくつかの根本的疑問にはお答えできておるものと思い
ます。
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