昭和8年別府市役所から発行された冊子を底本とした翻刻版となります。
明治の元勲、井上馨(井上聞多)は幕末期、長州藩内の対立により俗論派の兇刃により瀕死の重傷を負い、その後も命を狙われ続けたため、山口城下を離れて別府の温泉宿、若松屋に潜伏した時期がありました。
この若松屋の一室は、別府市の市指定史跡として平成の現在も、移転と修築を経て現存しています。
本書は昭和8年の第一回目の移転に際して別府市によって編纂されました。
本書では長州ファイブと呼ばれる井上を含む五人の英国密航から、藩の攘夷行動を受け、急遽帰国して長州藩の藩論に大きな影響を与えたことで命を狙われるに至る経緯を前日譚として記し、暗殺の兇刃を受けて重傷を負ってから別府へ逃れるまで、また別府で受けた待遇、土方人足や博徒に扮しての潜伏生活の状況を活写しています。
それから時が流れ明治四十四年、井上馨は親友・伊藤博文の勧めもあり、当時潜伏していた旅館若松屋が現存し、また関係者のうち存命者のあることを知って再訪しました。
その際の関係者との活き活きとした交流の様子や、潜伏を手助けした関係者達の後半生の経緯なども記されています。
底本の理解の一助として、本翻刻版では以下の資料を追加しました。
・本書に関わる年譜
・関係人物について
・井上候再訪時の松尾家関係者