団塊の世代に生きている男たちは一流大学から大手企業へ進む道を選ぶことが幸福な人生に繋がると教えられた。この社会で勝ち残るために他人を蹴落として自己の成功へ邁進する人間が生まれた。佐藤浩一はこの人生を歩んだ。
倦怠期に入った頃にタイのバンコクへ単身赴任をした。自己中心の人間がタイ女性の優しい心によって思いやりのある人間に変化していくことがダブルライフの体験だった。日本で受験期を迎えた子供を持ち、タイでは住み込みの家政婦一家を養い本物の恋に陥った。これがダブルライフ。
学問に秀でており会社の出世頭となった浩一に欠けていたものは、思いやりの心だった。中学生から大学生へと成長する過程で自分が自己中心な人間であると認識していた。女性との交際はいつも自分勝手な振る舞いが原因で失敗した。
大手銀行の有望な社員として女性にもて、上司から高い評価を受けていた。妻文子と結婚し、子供を二人中学校へ通わせていた。為替予約課の課長として活躍していた時にタイ支店の支店長として赴任命令を受け取った。高校受験を迎えていた子供たちは母親と日本に残った。
単身赴任となった佐藤はバンコクに住み未亡人の家政婦ネオを雇った。広い邸宅にはネオの8才の娘マミーと両親を引き取る部屋数があった。ネオの兄は反社会的な病気を患っていたので、一人でそれまでネオが住んでいた家に残った。兄とネオは露店でタイ料理を売っていた。
佐藤の中学校の時の親友杉本が商社に勤めていた。家族を連れてバンコクへ赴任されてきた。バンコクの日本人町に住む佐藤と杉本は偶然に出会った。ネオと愛人関係を持ち、マミーの父親のように生活している佐藤は杉本の家族との交際を通じて、この秘密が文子に漏れることを心配した。
佐藤が大学時代に付き合った女性安美は卒業後博多の実家へ戻り、図書館で勤めていた。佐藤の会社の同僚橋本が博多支店へ転勤となり、安美と偶然に図書館で知り合い、恋愛した。安美が橋本と結婚をしない理由は東京の女子大学の寮で知り合った同性愛の親友真由が心に残っていたからだった。
真由と橋本の間に挟まれて安美の心に愛情のダブルライフが生まれた。どちらかを選択する立場は辛かった。
橋本の熱烈な思いは安美の男嫌いの考えを変えることに成功した。橋本の寛大な性格と新しい物の見方を知ることによって男が自己中心だと信じていた偏見が消えて二人は結婚した。
ネオの父親が糖尿病で亡くなり、家族の一員となっていた佐藤は家族の愛を知り、ネオを純粋に愛している自分を発見した。
アメリカの株式市場の暴落が原因で突然の円高となり、為替予約課の部長補佐が過労で倒れた。佐藤は日本に住んでいる子供たちには深い愛情があるが、倦怠期で冷たい態度の文子には何の未練もなかった。しかし東京本社へ戻る社命を受けた。
佐藤の夢はタイに残ることだったが現実はそれを許さなかった。愛に溢れた生活の後に残ったものは家族がいなくなった静寂の中で見る思い出だった。