こんなドラマが見たかった! 日本初、絵画モデルの告白小説。アトリエの中の出来事が、赤裸々に書かれています。
初老の画家と、東京に来たばかりの新進女流作家。
始まりは二人が文壇のパーティーで知りあったことが、きっかけだった。
髪が長く色が白く、派手なミニスカートの洋子は、目立つ女性であったものの、人見知りをする性格だ。
挿絵画家の岡島は、そんな新人作家の洋子に、パーティーで逢うたび、飲み物をすすめたり、親切に話しかける。
あるパーティーで顔を合わせた時、岡島はおずおずと洋子に声をかけた。
「困ったな…美術家連盟の会長に、今年出すカレンダーの絵をはやく仕上げてくれとせかされたんです…僕、モデルがいないと描けないいんですよ。僕のモデルになっていただけないでしょうか」
岡島は美人画家である。
「私でいいんですか?」
本当に私でいいのかと、聞き返した洋子は、半信半疑であったものの、彼の熱い懇願にOKした。
一週間後、洋子は迎えに来てくれた彼の車で、彼の住居けんアトリエに向かった。
そこは、東京郊外にある緑が多い新興の町の、山近くに建つ、古びた小さな洋館であった。
2階建ての建物が、白い柵に囲まれ、庭は明るく、花が咲いている。
(絵を描くって、どんな風にするのかしら)
好奇心一杯、どきどきしながら洋子は建物に入り、ベランダの大きな窓から陽が差し込む、木床のアトリエに入った…。
「先生は天才ね!」
出来上がったカレンダー用の自分の絵を見て、洋子は感激して叫ぶ。
「こんなに美人に描いてくださって…」
なんと言う美しく妖艶な女性像であることか。
専属モデルになってくださいと頼まれて、洋子は承諾する。
コーヒーを入れるのも、風呂場で身体を洗うのも、すべて岡島。女王様に仕えるように、洋子をあがめて、
「あなたの絵を一生描いて、あなたにその絵を捧げたい。僕にはそれしか愛を示す方法がないから」
と熱愛する岡島。
「私は自由なのがいいの。私が何をしようと勝手でしょう」
自由奔放に生き、縛られるのをきらう洋子。
二人の個性は、激しくぶつかりあう。
だが、彼に絵を描いてもらうのは、楽しかった。
白いレースのカーテンがかかったアトリエで、アルシュの紙にコンテ・デッサンする音が、さらさらと響く。
デッサンが終わると、粉をはらい、紙に水を霧吹きで噴き、乾かしてから、いよいよ着色にかかるのだ。
絵筆が走り、洋子の姿が生き生きとそこに浮かび上がってくる…。
絵がリアルに出来上がっていくさまを見るのが、なにより楽しかったのだ。
だが、最初、独身だと言っていた岡島には、別居中の、パトロン的存在の妻がいた…。三角関係の中で、悩む洋子。
「お前は俺の最後のモデル。洋子を描けなくなったら、俺は一生絵筆を持たない」
「お前しか見たくない。全世界に、女はお前一人なんだ」
過剰な愛は時として重荷になる。
恋は修羅場だったのに、描き上がった絵は、哀しいほどに美しい…。
アトリエの中での男女の恋模様と、絵の制作風景もリアルに描いた、日本初の美術小説。
長編です。
☆著者紹介
藤 まち子
作家 東京在住
報知新聞社 文芸小説賞受賞
著作多数