【SF中編】
人間の遺伝子と動物の遺伝子をかけ合わせた生命体--リリエンス
ヒトではなく器物として扱われる。
猫のリリエンスを愛した男がいた。
娘の臓器移植のためにリリエンスの生命を買った夫婦は
娘の葛藤に気づいていなかった。
犠牲の先にあるものに向かって、男と娘は少しずつ近づいていた。
(文庫版 86ページ)
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自分の抱えた内臓疾患が深刻なものであること、臓器移植をしなければ未来はないこと。子供のころからそれは知っていた。そして自分にこれから移植される臓器を手に入れるために、両親が失った財産の大きさも知っている。
金策に次ぐ金策。資産を処分し、親類に頭を下げた両親は、キリエのために巨額を用意した。中流家庭の両親には大きい金額。大きすぎて、これだけ用意しなければならない、と昔聞かされたキリエは、とうにあきらめていたのだ。
だが両親は用意し、リリエンスを手に入れた。豚のリリエンスである。そのリリエンスの臓器は、人間に移植をした際、拒絶反応が出ないとされていた。
おなかになじめば、すぐ退院だよ――担当の医師は、清々しい笑顔でいっていた。
リリエンスはキリエの未来になる。
両親はすべてを失い、中年でありながら身ひとつから再出発する。
――そして。
キリエはそっとため息をついた。
――私のせいで、リリエンスが死ぬことになる。
胸にあるのは、自己嫌悪に似た吐き気だった。