【ファンタジー中編】
剣も呪文もない土着系ファンタジー「手業の民の物語」シリーズ。
色々なものを見聞きすることができるが故に、兄は言葉を奪われてしまった。
その兄と対話できる弟のセンも、やはりひとならざるものを、感じる・見える・聞こえる。
縁談話が持ちこまれたセンは心が浮き立つと同時に、相手の家にまとわりつく黒いものを見てしまう。
悩むセンは、祈祷師コイトに預けられている兄のもとに、兄の声を聞きにいくのだった。
■収録作品
「うそつき、祈祷師になる」
祈祷師になることを決意する弟・センの物語
「静かな場所に満ちる声」
祈祷師のもとに引き取られた兄の物語
文庫 約78ページ(1ページ 39字詰め 18行)
*****
両親は驚かなかった。
コイトをともなって折り入って話がある、と切り出したセンに、違和感の残るほど両親は始終冷静だった。
兄同様祈祷師のもとに身を寄せ、センはそちらの道に入る、という説明が為される。
静かに息子を送り出すことに了承した両親は、ひとつも異を唱えなかった。
ふたつの顔を前にし、センは両親の態度にひとりで納得していた。
──あれは結末を受け入れた顔だ。
静かに息子を送り出すことに了承した両親は、ひとつも異を唱えなかった。
わずかな着替えを持って、すぐコイトの家に居を移した。
事態の展開がはやくて、センはどぎまぎしている。両親の抵抗や、周囲への弁明があると思っていたのに、そういったものは一切なかった。
「私はね、先のことがちょっとだけわかったりする」
コイトの家にある火霊の祭壇の前で、センは背中をのばしていた。
「きみのお兄さんを迎えに行ったとき、ご両親に話してあるんだ。下の息子さんも近い将来受け入れることになります、って」
目をまるくしたセンに、コイトは明るい声で笑った。
「ここ何年か、先を見るのが難しくなってるんだよ。おそらく引退時が迫ってるんだろうね。いいときに弟子に来てくれた」