登場人物
・劉邦…のちに戦乱の中華全土を統一して前漢王朝を築く。
・張良…劉邦の軍師。秦に滅ぼされた旧王国出身。
・樊噲(はんかい)…劉邦に仕える勇者。
・項羽…秦に滅ぼされた楚国で歴代の将軍家に生まれる。天下統一を目指す劉邦のライバル。
・項伯…項羽のおじ。かつて張良に命を助けられたことがある。
・范増(はんぞう)…項羽に重んじられている老軍師。
・項荘…項一族の若者。范増に命じられて剣舞をする。
・その他…衛兵2人、下女2人、項羽のともの者たち多数。
あらすじ…
時は紀元前二百年前後。中華の地は、史上初めての強大な統一帝国秦が、その暴虐により内部より瓦解しようとしていた。民の苦しみを見て各地で義兵が起こり、打倒秦の大きなうねりが起こっていた。混乱の中でやがて平民上がりの「劉邦」が率いる軍団と、貴公子「項羽」が率いる軍団の二大勢力に帰趨が決まろうとしていた。
項羽と劉邦がそれぞれ二手に分かれて、ついに天下の険で囲まれた秦の地(=関中)に入場し、秦の都、咸陽が落城し、秦の皇帝が降伏する。
共通の敵である秦を倒したものの、項羽と劉邦はこれまでの同盟軍からついに天下統一支配を目指すには乗り越えなければならない敵対関係へと入る。まさにそのとば口となる時代背景の中で、両英雄の微妙な力関係が暴発し一大決戦になろうとしたのを食い止めたのが、史上名高い『鴻門の会』である。
劉邦の軍営に夜間、項伯が訪れる。旧知の張良に、戦の危機が迫っていることを知らせ、張良だけを脱出させる友情から出た行為である。張良は一人脱することを肯ぜず、劉邦に危急を知らせ、項伯へ項羽へのとりなしを頼む。誤解を解くには、劉邦が直接項羽の陣営を訪れ謝罪と和解をするしかないと項伯は言い、劉邦もその提案を受ける。
翌朝早く項羽の陣営を訪れた劉邦に対し、項羽の軍師范増は、項羽が天下に野心があるのであれば必ず劉邦を除くべしと、項羽に勧め、項荘に剣舞を舞わせ劉邦の命を狙わせる。
そこへ主人の危機を察した英傑の樊噲が単身飛び込んできて、項羽を叱咤し退ける。
こうして、危機を脱した劉邦は、のちに項羽を破り天下を統一する。振り返れば、この鴻門の会こそは天下の帰趨を決する一大事だったのであり、決断できなかった項羽と、配下の知略と義勇で虎口を脱した劉邦の命運を分けたのである。この『鴻門の会』はこうして史上永遠に語り継がれることになった。
ねらいと見どころ…
史記に登場する『鴻門の会』は、漢文の教科書にもとられていて多くの人が知っています。また、項羽と劉邦のこの両英雄の争いとその人物像の違いも、多くの翻案ものに描かれ、人口に親炙しているところです。
この劇では、庶民的な劉邦と貴族的な項羽の性格の違いを楽しむことができます。また、劉邦を暗殺しようとする項荘の剣の舞と、それを止めようとする項伯の剣の舞は、劇の中でも最高潮と言える、たいへん緊迫した場面を構成します。筋書きや人物像の描写でも楽しめる劇の中に、舞踊劇の要素を取り入れたまさに歌舞伎ならではの娯楽性が発揮されています。
さらには、樊噲の超人的な活躍で主人の劉邦が危機を脱するというところは、まさにエンターテイメントとしての歌舞伎のだいご味、観客が喜ぶところです。