■ 内容
2016年4月、オーストラリア連邦政府は、次期潜水艦12隻建造のための「競争評価プロセス」の結果を公表した。
ターンブル豪首相は予定になかったアデレード訪問を行い、ASC造船所に姿を現した。
会見のテーブルに立つ首相の左側には、クリストファー・パイン国防産業大臣、その奥にティム・バレット海軍司令官。右側にはマリース・ペイン国防大臣。
「オーストラリアの次期潜水艦12隻の共同開発先として、フランスのDCNS社を選定することが決定した」とターンブル首相は述べた。
豪史上最大の巨額契約、約500億豪ドル(約4兆4000億円)のブロジェクトだった。
三菱重工業と川崎重工業と日本政府が一体となり、「官民連合」として契約取得をめざしてきた日本チームの名前はそこになかった。
アメリカの後押しがあると言われ、最有力候補とされていた日本は、いつから脱落したのか。
劣勢だったフランスは、どの時点から形勢を逆転しつつあったのか。
■ 主旨
本書は、軍事情報や潜水艦の専門家でもなく、なんら防衛にも外交にも政治にも詳しくはない立場から、オーストラリアの次期潜水艦建造計画における、日本チームの交渉プロセスを記録したものです。
今回の経過をたどっておくことで、今後の諸外国とのビジネスやいろんな場面での様々な交渉などに役立つことがあるかも知れない。将来の日本のビジネスを成功させていくためにも、オーストラリア現地から見た豪潜水艦契約をめぐるプロセスを検証しておきたいとの考えに基づきます。
内容のほとんどは、すでに公開されている情報を元にしています。
軍備を賛美するものでもなく、同時に、反軍隊や反自衛隊という主張もありません。
日本最強ともいえるビジネスチームが大型の国際交渉でやぶれてしまったことを非常に残念に思う、その気持ちからのみ記されました。
日本のビジネスは官・民とも、世界トップの水準にあることは間違いありません。
チームワーク、リーダーシップ、組織のまとまり、各部門の連携。
どの側面を見ても、常に最高レベルです。
いつか、日本チームが復活し、外国でのビジネスを拡大し、さらに大きな契約が取れることを信じてみよう。
がんばれ、日本ビジネス。
■ もくじ
はじめに
第1章 アルバニーの崖
人口が二倍に/式典の出席者/艦隊が見えない
第2章 未来潜水艦を作ろう
コリンズ級潜水艦は「不発弾」/「雇用」と「選挙」/豪州国内の事情/ストレートなアボット首相/首相夫人
第3章 Option J の躍進
三カ国かんたん比較/日本の準備/新ルール「防衛装備移転三原則」/良好な日豪関係
第4章 潮の流れが変わったのか
つまづき 地元雇用/密約のウワサ/競争入札へ/フランスの攻勢/みんなでエコノミークラスに/フランス優位へ
第5章 Option J の反撃
日本の巻き返し/それぞれの要因/個人的な印象に基づくふたつの要因/後手にまわった日本の対応/入札後/潜水艦「はくりゅう」寄港
さいごに
■ 本文より
長い間、オーストラリアは新しい潜水艦を必要としていた。
これまで豪海軍が保有していたのは、6隻のコリンズ級潜水艦である。
通常動力型、潜水時排水量3300トン。
もともとは1987年にスウェーデンのコクムス社とのあいだで建造契約が締結されたもので、設計はスウェーデン、建造はオーストラリアのアデレードで行った。
実際の造船は、オーストラリア・サブマリン・コーポレーション(ASC)が請け負った。
ただ、建造といっても軍事機密が詰まった潜水艦である。
精密な部分はスウェーデンのマルメ(Malmö)という町で製造し、他の4部分をアデレードで製造した。
このコリンズ級潜水艦は建造当時から評判が悪かった。
海軍の兵士のあいだでは「不発弾」という愛称がつけられた。
「不発弾潜水艦(dud sub)」、『実際には役に立たない』という意味だ。
特に溶接部分に問題を抱え、潜行して海に潜らねばならない潜水艦にとってはいつ壊れるか分からない、いつ浸水するか分からないという「恐怖」を常に抱えていた。
推進を強めると振動が強くなり、すき間から海水が漏れたこともあったという。
溶接がうまくいかないのは、納期に間に合わないからとスウェーデン側とオーストラリア側でお互いに急かし合うような格好になって仕上がったからだ。